2024年1月3日水曜日

スウェーデンのインクルーシブ教育を基礎特別支援学校から考える

 このブログの投稿記事の中で、多くの人々に読まれているのが、「本で知ることができない、スウェーデンのインクルーシブ教育とは 2017年版」です。2017年版なので、旧ブログの記事をリライトして2022年に再投稿したものです。私が考えるインクルーシブ教育は、完成というものはなく、常に発展、変化し続けるものであると思います。この2017年版を今読み返してみると、すでにここは変化したなと思うところがあり、スウェーデンの教育の素晴らしいところを思います。ということで、今日は、スウェーデンのインクルーシブ教育を基礎特別支援学校が存在するという仕組みから考えてみたいと思います。

1.基礎特別支援学校の存在の意味

 スウェーデンには、基礎特別支援学校が存在し、大変厳しい検査で選ばれた、親が支援学校に通わせたいと希望した子どもたちが通っています。支援学校には、2つのコースがあり、基礎学校に準じた教科学習と領域に分けた領域学習をするコースがあります。スウェーデンの多くの基礎特別支援学校は基礎学校に併設しており、例えば、ストックホルム市の場合は、全生徒数の1割未満が支援学校の規模という暗黙のルールがあります。これにより、場の統合は行われている場合がほとんどです。ただし、数は少ないのですが、近年新設される支援学校には、単独の大型学校も現れるようになり、その存在が議論されることもあります。スウェーデンの特別支援学校は、知的な障害により、基礎学校の学習目標に到達できない生徒のための学校であると明確に記されています。インクルーシブ教育は、すべての子どもの学びの権利をも保障したものであるべきと考えられているスウェーデンでは、こうした基礎特別支援学校が一つの選択肢として存在することは大変重要であり、意義があると考えられています。

2.選び抜かれた基礎特別支援学校の生徒たち

 現在のスウェーデンの基礎特別支援学校、もしくは、支援学校の高校に入学するには、それぞれの専門家による以下の検査結果により、知的障害があると判定された生徒のみが入学の許可を与えられます。これは、許可が与えられるだけなので、絶対に入らなければならないということではなく、基礎学校で基礎特別支援学校のカリキュラムに沿って学んでいる生徒は、支援学校対象児童生徒のうち、約2割前後毎年います。必要な検査は以下の通りです。

  • 教育的な検査主に学校の教員など教育関係の資格を持った方によって書かれます。私も、もちろん書きます。とっても詳しく長く書くので、重労働です。子どもの養育暦から学校での様子や学力的能力などを詳しく書いていきます。。
  • 心理的な検査こちらは、心理学的にみてということなので、心理学者によって行われます。知能検査を含み、ここで知的障害のあるなし、その程度が明記されます。
  • 医療的な検査:医師によって書かれる医学的な内容となり、診断名などが書かれています。
  • 社会的な検査:学校ソーシャルワーカーなどによって書かれるもので、家庭の様子を中心に、社会的な側面から見た判断がされます。今回の投稿は旧ブログのものをリライトしているのですが、10年ほど前は、この社会的な検査は義務付けされてなかったことが書かれていました。今は、義務化されていますので、ここにもスウェーデンのインクルーシブ教育の発展と変化が見れます。

 上記の検査は、7歳で基礎特別支援学校に入学するときと、15歳くらいで特別支援学校の高校に入学する際に新たに行うことが義務化されています。高校入学の際の検査は、それまでに、上記の検査が再度行われており、日付が新しいものがあれば、それで代用することもできます。私は9年生を受け持っているので、秋学期が始まるとすぐにこれらの検査書類の確認と作成にかかるという大きな仕事が待っています。

3.学びの場の選択の難しさ

 スウェーデンのインクルーシブ教育の現場に関わってきて、18年になろうとしています。1990年代のサラマンカ宣言を受けて変化改革を続けてきたスウェーデンの現場を実際にこの場で見ながら、学びの場の選択の難しさを感じ、最善を尽くしつつも失敗も重ねてきた現実を見てきました。この失敗の中には、知的障害がないにも関わらず、基礎特別支援学校に通った生徒たちがいたということも入っています。2010年の学校改革前は、自閉症のみの児童生徒も支援学校に通うことができましたし、今よりも支援学校への配置は緩やかでした。私はそのころからスウェーデンの支援学校教育に関わっているのですが、今ほど、スウェーデン語ができない生徒に対する制度が整っていませんでしたので、言語の困難さが学力と社会性に大きな影響を与え、最終的に支援学校配置措置になったという話もありました。人間が人間を検査するのですから、その時の子どもの状態や検査した人のやり方や感覚などによって、検査結果が左右されることはあり得るように思います。その子が成長していくと、障害がなかったということは今でも起こりうることであり、ここには、障害が個人のみならず、環境要因も大きいということであると思います。こうした人によるミスや子どもの成長を見据えて、障害判定は数年後に必ず再度行われるべきであるという考え方があります。法制度はされていませんが、発達障害系ならば、2から5年をめどに、知的障害であれば、高校入学時に再度検査されますので、この時に検査結果により、「これが最後の検査になります」といった言葉が聞かれることもあります。これは年齢により、知的障害が明確になり、今後検査をし直す必要はない、言い換えれば、検査にはお金がかかるので、公的には再度行いませんという意味でもあります。

 診断名は、スウェーデンのような福祉国家といわれるシステムを築き上げた社会には必要であり、それなりに意味があると思います。しかしながら、それは完ぺきなものではなく、システムの狭間で苦しむ人も多く、選択肢を与えられた素晴らしさもありますが、選択の責任と難しさを各個人が背負っている社会でもあると感じます。

4.スウェーデンは、インクルーシブ教育なのか?

 日本のインクルーシブ教育の議論をスウェーデンから見ていると、良く取り上げられるのがイタリアのフルインクルーシブ教育です。スウェーデンでは、あまりイタリアの例は紹介されないし、どちらかというと、成功例としては取り上げられないと感じています。近隣諸国としては、ノルウェーが近い感じで取り上げられますが、「じゃあ、ノルウェー型にしていこう」という声は聞いたことがありません。スウェーデンにも、もちろん、「なぜ、スウェーデンには、インクルーシブ教育の思想がないのか。なぜ、特別支援学校の学校形態を残し、知的障害のある生徒を分けて教育しているのか」という疑問の声はありますし、時折メディアでも取り上げられることもあります。私も長くこの部分は疑問に思い、いろんな人に聞いたり、自分で大学で勉強したりとしてきました。今もこれが答えというものはないのですが、一つ分かったことは、インクルーシブ教育は完成形があるものではなく、どの国にもその国の過程があり、そのうえで作り上げていく、終わりのない戦いなのである」ということです。こう考えると、スウェーデンのインクルーシブ教育における支援学校の役割は大変大きいと感じますし、保護者の思い、教員や職員の思いも深く理解できます。そして何より、生徒たちの健やかな成長と、障害のみに関わらない、移民や難民、HBTQにギフテッドの生徒まで、広い意味でのインクルーシブ教育の実現に向けて努力している形であると思います。


今日も長くなりましたが、このあたりで今回のインクルーシブ教育の一考を終えたいと思います。2月の終わりにスウェーデンのインクルーシブ教育に関してオンラインで講演をする予定です。興味のある方は、ぜひオンラインでお会いしましょう!

 スウェーデンの12時の夕日です。美しいです。



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