この投稿は、旧ブログのインクルーシブ教育に関する投稿の中の歴史に関連した内容をまとめて、リライトして、再投稿しています。
1.1968年、全ての子どもに教育を受ける機会が与えらる
世界でも有数の福祉国家スウェーデンでも、障害がある子どもや大人の権利獲得は、常に戦いの道のりでした。日本と同様に、学ぶ権利をはく奪された時代は長く、「馬鹿者」と呼ばれて、生まれると施設に預けらえていた時代もありました。そんなスウェーデンの歴史の中で重要とされるのが、1968年。この年に、やっと、すべての子どもに教育を受ける機会が与えられました。日本より11年早く制度化されましたが、この時点では、私の生徒たちの教育は、社会庁の管轄で、ほかの学校と同様に学校庁の管轄になったのは、1990年代になってからです。この歴史により、スウェーデンの特別支援学校は長らく医療や福祉の分野が強く、教育や特別支援教育色が薄いところがあったのですが、ここ10年で大きく変わったと思います。
2.インテグレーション「場の統合」
インクルーシブ教育が叫ばれるようになる前、ちょうど私が大学生だったころは、インテグレーションという「場の統合」が注目される時代でした。スウェーデンでは、上記の1968年以降、1970年代や80年代は、この場の統合が盛んにおこなわれ、ノーマライゼーションの動きとともに、スウェーデンは「大型施設」を廃止しました。現在のスウェーデンでは、ほかの国で見られるような障害者だけが集められた大きな施設は存在しません。特別支援学校は、例外や民営の学校を除き、基礎学校と呼ばれる小中学校に併設する形になっており、支援学校の組織は、学校全体の1割以下が望ましいといわれています。これらは法制度されているものではないので、国内に支援学校単体で立っているものももちろんありますし、その存在が問題視されることもあります。
この「場の統合」の歴史は、私は重要であると思っていて、日本の支援学校のように遠く離れたところにあるということはなく、多くのスウェーデン人たちが、小さなころから学校の中にいろんな子どもがいたことを思い出します。社会の縮図としての学校として、この場の統合は大きく、高校でも同様で支援学校の高等部の職業コースができる限り、高校の職業コースと同じ場所に設置され、可能な限りともに学ぶように工夫されています。
3.スウェーデンのインクルーシブ教育の始まり
では、どこがスウェーデンのインクルーシブ教育の転換期かというと、2010年の学校改革です。スウェーデンはサラマンカ条約も障害者権利条約も批准しており、子どもの権利条約にいたっては、国内法になっています。なので、一人一人の権利を守り、持続可能なインクルーシブ教育を模索し続けています。大きな変化があった点を以下にまとめます。
- 特別支援学校へは知的障害のある子どものみ入学可能となったこと。それまでは、知的障害がない自閉症などの発達障碍児も入学が可能であったが、特別支援学校は知的な障害があることが、医療、社会、心理、教育の4判定で明白である生徒のみが入学の権利が与えられる学校という風にかわりました。これにより、普通学級で面倒が見れないから、特別支援学校という流れ、特に移民難民のスウェーデン語ができないから、支援学校という流れはなくなりました。
- 生徒の健康チームという、専門職の集まった特別支援教育のための組織が法的に制度化された。これにより、何かしらの理由で、最低限度の到達目標に到達しない危険のある生徒は、専門的な支援や援助が受けられるというシステムが構築されました。
- 2011年のカリキュラムは、集められたカリキュラムといい、同じ場所でいろんなカリキュラムを教えることを可能としたものになりました。私は、授業するときに2つのカリキュラムを併用して教えています。これにより、同じ場所で学んでいても、その子にあった教育内容を提供できるようになりました。
4.盲学校の廃止と、聾学校
スウェーデンは、盲学校がありません。上記の学校改革の流れで、盲学校は廃止され、盲児が入学する場合の支援を国の特別支援教育庁が行います。例外は、聾学校になります。聾学校は、国の管轄で今も残っており教育が行われています。スウェーデンでは、手話は一つの言語として1981年に認められており、手話で教える学校は聾学校、英語で教える学校は、インターみたいな感じで、学校が残っています。聾重複の子どもは、親が国に8か所ある聾学校か近くの支援学校かを選びます。
5.インクルーシブ教育の議論
2010年が転換期なので、あれから10年以上たち、実はスウェーデン、インクルーシブ教育というと、すごく反応が悪い場合も多いのが事実です。特別支援学校にかかわる人々は、歴史的に何度も、支援学校廃止の議論をしてきた話をします。今まで、いろいろ議論したけれど、たいていの人がインテグレーションのイメージが強く、難色を示します。過去に行われて国の大きな調査でも、支援学校廃止反対派が多く、スウェーデンでは、現在でも支援学校が一つの学校形態として残っています。
これに加えて、2010年以降、スウェーデンでは、登校しない子どもが増え、その理由の一つとして、知的障害のない発達障害児に対する支援の薄さがあげられます。2010年の改革の時に、知的障害のない自閉症児は基礎学校に戻され、それまでよく見られた少人数の学習集団も減らされたために、教室の中でやっていけない生徒たちが増え、それらの子どもたちが不登校になったと考えられています。これがインクルーシブ教育の議論に大きな影響を与えたことは言うまでもありません。それまでのスウェーデンの制度もかなり問題で、特別支援学校には、障害判定が降りていない子も「反対のインテグレーション」という名前で通っていたこともあり、先生が面倒見切れなくなると、生徒を移動させていた時代もあり、訴訟になったこともあります。そんなことを考えると、法制度は正しかったと思うのですが、急に普通学級に戻された生徒も、受け入れるように言われたりする教師側も大変だったと思います。
6.基礎学校で、特別支援学校のカリキュラムを学ぶ支援学校対象生徒の増加
スウェーデンは、知的障害の有無でまずは分離をしているということで、私が、分離統合型インクルーシブ教育と説明することもあります。知的障害がある生徒は、支援学校への入学の権利が与えられますが、入学しなければいけないということではないので、基礎学校で学んでいる生徒も多くいます。これまで支援学校対象児が基礎学校で学んでいる割合は、12%くらいだったのですが、徐々に増え、今は20%前後まで担っています。これらの生徒は、基礎学校の教室で、支援学校のカリキュラムのどちらか(2つあります)に沿って学んでいます。これにより、学び発達する権利を保障しながら、基礎学校という場の中で学ぶインクルーシブ教育を実現しています。
昔は、「スウェーデンでは、さぞかし、インクルーシブ教育が進んでいるでしょう」と質問されると、そんなことはないと答えていましたが、あれから、10年、スウェーデンは、「社会の変化に合わせ、個人の願いを聞きながら、子どもの持っている力を最大限に伸ばすことができるインクルーシブ教育」を行う基盤があるということができます。また、その実現をしている学校や現場も多くあり、そのよい例に学びながら、よりよりインクルーシブ教育、そして、共生社会を目指していると感じます。また、数年後に、この投稿をリライトしたときに、さらなる発展したスウェーデンの姿をかけることを願って、2022年最後の投稿にしたいと思います。数あるブログの中から私のブログに足を運んでくださった皆様本当にありがとうございます。
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ストックホルムにある国の特別支援庁 |
(旧ブログの2009年5月12日、2009年7月15日、2012年9月9日の投稿をもとに、リライトしました。)
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