2023年7月22日土曜日

AAC:補助代替コミュニケーションについて学ぶ会のお知らせ 限定5名無料オンライン開催

  今日は、オンラインの会のお知らせです。


 8月11日金曜日、日本時間の18時30分より20時までの予定でオンラインで開催します。このブログを読んでくださる方の中で、参加してみたいなという方はご連絡ください。

 私を入れて、最高7名の少人数の会で、参加される方は、自己紹介と顔出しができる方に限らせていただきます。特に後半部分の対話の部分を大切にしたいと思っています。質問などありましたら、お気軽にお問い合わせください。



2023年7月13日木曜日

個人アシスタントが付くスウェーデンの障害者

 スウェーデンには、「個人のアシスタント(Personlg Assistant)」という制度があります。今日はこの個人アシスタントについての旧ブログの記事をリライトします。個人アシスタントは、身の回りの介助が必要な障害がある方が利用できる制度で、子どもでも大人でもその必要に応じてつきます。どんな障害でも着くというわけではないですし、どのくらい(何時間くらい)つくかなども、個人によって大きく変わります。日本からの問い合わせが時々あるスウェーデンの制度です。

1.LSSという法律

 スウェーデンには、Lagen om stöd och service till vissa funktionshindrade (LSS)という法律があります。その頭文字をとって通称LSSと呼ばれ、現在の福祉国家スウェーデンの福祉制度を代表する法律です。個人アシスタントの制度も、この法律に基づいています。この制度は、1993年にできたもので、障害を持った人々が様々な援助や支援、サービスを受ける権利を書き記したものです。この法律に基づき、各市にある社会福祉局が中心とする、LSS担当者(社会福祉士やそれに類似した資格を持った人がなっていることが多い)がその内容を見定めていき、障害者に対する様々なサービスが決定していきます。

2.LSSで受けられる福祉支援

 個人アシスタントの福祉支援以外にLSSで受けられる福祉支援には、施設への入居、ショートスティ利用、障害者用のタクシー利用(移動支援)、付添人の利用などがあります。障害がある人とその家族がLSS担当者との面談を経て、本人の希望やそのニーズに応じたものが提供されます。

3.個人アシスタントの削減傾向

 個人アシスタントは、90年代に行われたスウェーデンの福祉改革の中でも先進的なもので、大変画期的なものでした。多くの肢体不自由の障害がある人々にとって、この制度を利用することによって、同年代の人々と同じような暮らしを可能としました。しかしながら、当初の想像よりも多くの人々がこの制度を利用するようになり、また、制度を悪用する人も出るようになり、だんだんと財政的に制度を維持していくことが難しくなり始めました。そのため、数年前より、個人アシスタントの申請の際の審査が厳しくなったり、時間数が削減されるようになりました。

このブログの中でも、2016年に個人アシスタントの削減傾向について取り上げたものがありますので、ぜひご一読ください。(ブログの歴史を感じます。😊)

個人アシスタント削減傾向 (2016年の投稿)

 過去ブログの内容をさらにさかのぼると2011年にも、個人アシスタントを申請した人のうち、4分の1以上の人が却下されているというものがありました。この2011年当時のものを振り返ると、却下の大きな要因は、「保護者の責任」という点からのものでした。子どもに障害があろうがなかろうが、保護者には18歳までの責任があるので、その責任という点から、個人アシスタントの申請が却下されたり、希望の時間数の許可が下りないというものです。個人アシスタントの制度自体が、障害により身の回りのことが自分でできない場合につくものであるので、このあたりの解釈も判定する人や時代の流れによるところもあるように思います。といっても、家族特に保護者の負担は大きいと思うんで、支援援助が必要な人にしっかりと届けられることを願うばかりです。

4.学校についてくる個人アシスタント

 すべての個人アシスタントではないですが、学校についてくる個人アシスタントもいます。多くの場合、呼吸に関する支援援助が必要な場合は、個人アシスタントの付き添いが認められていると感じます。こうした支援の判定は、各基礎自治体の担当者が個々の障害とニーズなどを総合的に判断して決定するので、こうだという一律の基準はないのですが、簡単な医療行為は学校で職員が行うので、呼吸にかかわるものになると個人アシスタントが1名もしくは2名ついているように思います。

5.個人アシスタントと暮らす障害者の生活

 個人アシスタントと一緒に障害者が暮らす生活は、スウェーデンでは一般的です。この制度ができて、20年以上がたち、こうした個人アシスタントとの暮らしは、障害の重度さもありますが、コミュニケーション方法が確立されている人に適しているといわれています。私の教え子にも、こうした個人アシスタントとの生活をしていた人がいますが、個人アシスタントが働かず、うまくいかなかった話もあります。後見人などがしっかりとしていて、常に目を光らせていればいいのですが、そうでない場合はなかなか難しいのです。

 過去のブログにある人の例を書いていましたので、それをここにも書いておきます。29歳の女性、ストックホルム郊外で個人アシスタントとともに一人暮らしをしています。アシスタントは数名おり、入れ替わり立ち代わり彼女が一人暮らししているアパートに仕事としてきます。このお方は5年前の24歳の時に独り立ちし、それまでは、実家で暮らしていました。両親は、いつか独り立ちをしてほしいと願っており、学校を卒業してから他の家族などと一緒に勉強会を開き、どのように独り立ちを実現するか考えてきたとのことです。この例で私が過去ブログに書いているのが、この女性の恵まれた環境というもので、彼女の母親は、もともとは集中治療室専門の看護士で、その当時はそういった関係の先生をしている方でした。多くの個人アシスタントには、女性の二人の姉妹も含まれており、そのうちの一人がアシスタントの総括責任者をしているとのことでした。こういった家族の支えは、やはりこうした個人アシスタントがうまく回るかの大きなカギになることは、北欧スウェーデンでもよく見聞きします。実際に引っ越して独り暮らしをするまでには、約2年かかったそうで、地域のハビリテーリングや基礎自治体の担当者がかかわって、アパートを住みやすいものにと変えていったようです。母親が自分の仕事もあきらめず、娘のためにも自分の人生を歩んでいってほしいと願い、尽力した結果であるともありました。

 こうしたスウェーデンの個人アシスタントの制度を利用して、自立した生活を送ることを可能としている福祉システムは素晴らしいものであると思います。親は親の人生を、子はこの人生を送れる社会というのは、決して福祉制度のみで生まれるものではなく、その釈迦にある文化や歴史、考え方に基づいており、スウェーデンの今の形も長い歴史の中にあります。日本でも今後様々な議論とともに、日本の形が生まれてくることを願っています。

以下は過去のブログで、日本の本を読んだ時の感想になります。

ヘルパーさんとアシスタントの質 (2018年の投稿)

以下は、2022年に全障研の岐阜支部で「私たちのじりつをさぐる ~自助・共助・公助論を超えて」でオンラインで講演させていただいたときに、ご紹介させいただいた方が個人アシスタントとともに暮らすアパートの映像です。




2023年7月2日日曜日

生徒の意見から学校名称が変わったスウェーデンの特別支援学校

  今日は2023年7月2日。スウェーデンの特別支援教育の歴史において、記念すべき日です。今日からスウェーデンの特別支援学校の学校名称が変更になります。

今までの名称:Grundsärskolan

今日からの名称:Anpassade grundskolan

になります。

1.これまでの名称は?

 スウェーデン語を開設すると、Grundsärskolanの「Grund」は「基礎」で、「skolan」は学校になります。いわゆる小中学校は、この二つの文字をとって、「Grundskolan(基礎学校)」と呼ばれます。特別支援学校はこの間にGrundsärskolanという言葉が入りました。この「sär」が、差別的で、否定的なイメージが強い言葉とされてきており、スウェーデン語での響きと意味がとても悪かったのです。その昔は、障害のある子どもや人々のことを「馬鹿者」と呼んでいた国でもあるので、こうした差別的な意味の言葉が使われている歴史を恥じ、改めて来た歴史があります。この「sär」も「別にされた、変わった」というような意味合いで、特別支援学校に通う生徒のこと「särbarn」と呼んで虐める、さげすむというのも一般的だったのです。こうしたことから、自分が特別支援学校に通っていることを話したがらない、言わない生徒も多くいます。

2.新しい名称は?

 新しい名称は、Anpassade grundskolanといいます。「grundskolan」は、基礎学校という意味で、これまでと同じです。これに「Anpassade」という「対応した」という言葉が新たに付けられました。今回の名称変更に伴い、全ての特別支援教育系の学校の名前が変更になりました。

Grundsärskolan → Anpassade grundskolan (前出)
Gymnasiesärskolan → Anpassade gymnasieskolan (対応した高校)
Komvux som särskild utbildning på grundläggande nivå och komvux som särskild utbildning på gymnasial nivå→ Komvux som anpassad utbildning på grundläggande nivå respektive på gymnasial nivå (成人教育機関の基礎学校レベルの特別な教育と高等教育レベルの特別な教育も同様に名前が変わりました。)

3.変更のきっかけは?

 今回の学校名称変更のきっかけは、実にスウェーデンらしいものでした。特別支援学校で学んだラスムスさんとレオさん(名称変更が決定した時に21歳と19歳)は、学校の名前が嫌いで、それを理由にいじめられていました。上記のようなsärbarn」と呼んで虐める、蔑むというのは、残念ながら私も見聞きすることで、よく問題になっています。そんな日常から、レオさんが14歳の時にい、名前を変えるべきであるという訴えを始めたのです。住んでいた地域の新聞がこのことを取り上げ、そして、その当時の教育大臣に訴えました。これがきっかけとなり、まずは、学校名称変更に関する調査が始まりました。そこから、変更決定までに要した年月は5年、1年間の準備期間を経て、今日2023年7月2日より正式に名称が変わりました。

4.名称変更によって実際に何が変わるか?

 今回の名称変更は、学校の名称が変わるということによって、人々の意識が少しずつかわっていくという意味があります。しかしながら、今回の変更によって大きな変化があるわけではないというのが一般的な見方です。一つの変化が人々の気持ちや考え方を少しずつかえていくのです。この名称変更の大きな意義としては、国の文書や本、人々が使う言葉すべてが、新しいものになり、古いものを使うたびに、なぜ変更されたのかということが話題となり、人々が考えます。この一人一人が改めて立ち止まって考えるという行為こそが、重要なのです。

5.ほかの変更は?

 今回の変更ともに、今まで使われてきた「Träningsskola トレーニング学校」という名称が削除されます。また、知的障害のスウェーデン語の名称も「Utvecklingsstörning 」から、「Intellektuell funktionsnedsättning 」に変更になります。


 このようなスウェーデンの歴史的な変化は、常に今生きている社会の動きに対応し、そこに生きる人々の声を聴くという点で、大変すばらしいと思います。今回の名称変更が、今後のスウェーデンの特別支援学校の更なる発展に与える影響は計り知れません。私がかかわっている大学と連携したスウェーデン全土の支援学校の先生とのプロジェクトもこの流れを受けたものです。今後のスウェーデンの支援学校、特別支援教育にも目が離せません!



学校庁のホームページより















2023年7月1日土曜日

通常学級の中から特別支援教育を

  時間に余裕がないとじっくりとお話を伺うということがなかなかできず、ご連絡をいただいても、対応できないことが多かったのですが、夏の休暇に入り、個別にいろいろと話を伺う機会をいただき、いろいろと思うことがあります。その中から、今日は、通常学級でも行われるべき、特別支援教育というものについて、少し考えたいと思います。

1.日本の特別支援教育の始まり

 私が日本の大学で学んだ頃は、まだ特別支援教育ではなく、学んだ学科も、教育学部にあった障害児教育学科でした。学校も特別支援学校ではなく、養護学校と呼ばれた時代で、岐阜県内の養護学校で働いてから、スウェーデンに来ました。今の特別支援教育は、私がスウェーデンに来てから始まりました。少し調べてみると、「特殊教育」と呼ばれていたものが、「特別支援教育」という名前になり、2007年より正式に実施されるようになったようです。私がスウェーデンにやってきたのは、2001年ですので、その6年後ということになります。

2.子どもの権利条約

 通常学級を含むすべての教育において特別支援教育をという流れは、スウェーデンとあまり変わらないというのが、私の印象です。1989年に「児童の権利に関する条約」通称、「子どもの権利条約」が出ます。この条約は、日本でも、かなり定着し、内容はともかく、名前を知らない人は少なくなってきているのではと思います。この条約の中に、

障害のあることもについて可能な限り社会への統合が行われること、および、教育・訓練の機会をりようできるようにすること (第23条)

というのがあります。スウェーデンでは、住んでいる地域、生まれたところで、生活し、学び、成長していけることの重要さがうたわれ、訓練のために違う施設に通うのではなく、普段通っている就学前学校の中で支援を受けること、地域の学校に通うことなどは、この条約により、かなり変わったと感じます。

3.障害を持つ人々の機会均等化に関する基準原則

 次に、1993年になると国連の第48回総会にて、「障害を持つ人々の機会均等化に関する基準原則」が採択されます。この決議では、障害のある子ども、青年、成人について、初等教育、中等教育、中等教育狩猟後の教育委における統合された場での教育の機会均等の原則が取り上げられ、その認識を深めました。これを受けて、今のインクルーシブ教育の大元ともいえる、サラマンカ声明につながります。

4.サラマンカ声明

 忘れてならないのが、1994年、スペインのサラマンカで行われた「特別なニーズ教育に関する世界会議」です。この会議で宣言された「サラマンカ宣言」は、スウェーデンでも大きな影響を与え、今の学校教育の形を作る基盤となりました。この会議で採択されたのが、「特別なニーズ教育における原則、政策、実践に関するサラマンカ声明と行動の枠組み」です。これがインクルーシブ教育の流れを世界的に生み出したものとなります。サラマンカ声明は、大きな意味と意義があり、影響を与えましたが、条約ではありません。世界的にインクルーシブな流れを生み出し、そのための国際的な枠組みを生み出した点では大変な功績であると思いますが、現場が変わっていくには長い時間を要する、要したというのが実感です。

 サラマンカ声明の中で、特に大きな影響を与えたのが、やむをえない理由、明確な理由がない限り、全ての子ども、児童を普通学校に入学させること、ともに学ぶことを、強く謳っていることです。これにより、スウェーデンでは、聾学校は残りましたが、盲学校は廃止されました。聾学校が残った理由は、手話が一つの言語であり、英語で学ぶ学校があるように、手話で学ぶ学校があって当然であるという考えから残りました。人工内耳の普及により、多くの子どもは、地域の学校で学びますが、今での国内に聾、聾重複の子どもを対象にした学校が残っています。手話の言語としての位置づけも強化され、高校で手話を第2言語として学ぶことも可能になっています。サラマンカ声明が掲げた内容は大変意義があり、私も今一度、読み直してみようと思います。

5.障害者権利条約

 そして、2006年の障害者権利条約も忘れてはならない条約です。スウェーデンは、2008年11月13日に批准し、2009年1月14日より効力を発生しています。日本は、署名はしたのですが、批准したのは2013年、2014年より効力を発生しました。



おそらく流れは、国際的な動きを受けていますので、日本もスウェーデンも変わらないのですが、スウェーデンの方が、動きが速かったところもあります。動きが多少早かったスウェーデンでもやはり難しかった、難しいのが、いかに通常学級の中で特別支援教育を行うか、その概念を普及させていくかという部分であったと感じます。スウェーデンでは、「生徒の健康」という名前で、「教室の中から、生徒の健康を(特別支援教育を)」と始めたのを思い出します。これは予想以上に意識が深まるきっかけとなったように思います。また、機会があれば、詳しく書きたいと思います。生徒の健康について知りたいという方は、ぜひ私の本を読んでいただければと思います。




ストックホルムの市庁舎は、今年誕生して100年を迎えました。